2022.10.16

金平糖は日本のお菓子?語源や歴史について解説!

かわいらしい見た目で、駄菓子屋さんでも人気の「金平糖」。実は金平糖は、ポルトガルから伝わったお菓子なんです。ひな祭りでお雛様と一緒に飾る家庭もあったり、皇室の結婚式ではボンボニエールという器に入れて引き出物として配ったりすることもあるんだとか。今回は、金平糖の特徴や歴史、作り方について解説します。

  • 目次
  • 金平糖とはどんなお菓子?
  • 日本の金平糖の歴史
  • 金平糖の作り方は?
  • 金平糖を食べてみよう!

金平糖とはどんなお菓子?

星のような見た目でとってもかわいらしい「金平糖」。飴にも似ていますが、飴のように硬くはなく、口の中に入れると崩れてジャリジャリとした食感を楽しめます。白やピンク、黄色、黄緑色など、カラフルな粒が集まっていて、香料で風味づけしてあるものもあるようです。

この金平糖、皇室でもご成婚などの慶事の際の引き出物にするなど、古くから親しまれているお菓子なんです。皇室の即位式や結婚式のときにも参列者に配られました。

金平糖を引き出物として配るときに使う器を「ボンボニエール」といいます。ボンボニエールとは、フランスやイタリアなどのヨーロッパから伝わったもので、ヨーロッパではお祝い事の際にボンボニエールに砂糖菓子を入れて送っていたのだとか。日本で初めてお祝いにボンボニエールを用いたのは、明治22年の憲法発布記念式典。西洋の宮廷文化を取り入れ始めた頃のことでした。

皇室の引き出物にボンボニエールのような菓子器が配られるようになった理由は、はっきりとは分かっていないようです。この頃の日本は、西洋諸国と肩を並べる国になるために欧化政策が進められ、皇室でも西洋式の饗宴をするようになっていました。その食事の最後に、プティ・フールという一口サイズのお菓子が出されることと、日本にもともとあった引き出物の習慣が結びついて、金平糖をボンボニエールに入れて配るようになったと考えられています。当時のボンボニエールは銀製のものが多かったようですが、現在では陶磁器製のものも作られています。

日本の金平糖の歴史

金平糖は、戦国時代である1546年にポルトガルの宣教師から日本に伝えられました。カステラやボーロも、このとき一緒に伝わってきたものです。金平糖という名前は、ポルトガル語で砂糖菓子を意味する「コンフェイト」が語源となっています。

1569年には織田信長にも献上され、その美しい見た目と味は織田信長をも魅了したそうです。ただ、当時は金平糖は高級品だったため、身分の高い人しか口にすることができず、庶民が食べることはありませんでした。1639年、江戸幕府が出した鎖国令によってポルトガル船の来航がなくなると、金平糖の輸入が途絶え、一時は金平糖が出回ることもなくなっていました。

金平糖が広く日本人の間で食べられるようになったのは、江戸時代に入ってからのこと。金平糖に興味を持った長崎の菓子職人が、2年にわたる研究の結果、金平糖を作り出しました。その製法がやがて京都や江戸にも伝わり、町人などにも親しまれるお菓子となっていったのです。1700年代初め頃に、国内でのさとうきび栽培がさかんになったことも、金平糖の普及を後押ししました。

明治時代の後半になると、それまで手作りされていた金平糖が機械で作られるようになりました。明治36年、回転釜をもつ「金平糖製造機」が特許を取得すると、大阪の菓子問屋がこの回転釜を20台稼働させる工場を建設し、金平糖の大量生産が始まったのです。

金平糖といえば、ひな祭りに飾るイメージを持っている方もいるのではないでしょうか。ひな祭りでひな人形と一緒に飾るお菓子といえば、菱餅やひなあられ、引千切が有名ですが、金平糖を飾る家庭もあるようです。ひな祭りのお菓子は、赤や白、緑の3色を使っているものが多いのが特徴ですよね。それぞれの色や形には意味があり、女の子の健やかな成長や厄除け、子孫繁栄の願いが込められています。

金平糖もまた、ひな祭りのお菓子とよく似た色合いをしているので、通ずるものがあるのかもしれませんね。金平糖のかわいらしい雰囲気はひな祭りのイメージにもぴったりです。

金平糖の作り方は?

金平糖の一番の特徴といえば、とげとげした星のような形。この形を作るには、膨大な時間と手間がかかり、なんと2週間もかけて作られているのだそうです。

金平糖を作るにはまず、「ザラメ」または「イラ粉」というもち米から作った0.5mmほどの小さな粒を核とするために、斜めに傾いた釜に入れます。これに砂糖を溶かした蜜をかけてから乾燥させるのを繰り返し、3日ほどするとイガと呼ばれる突起ができます。この作業を何日も繰り返すのですが、1日に平均1mmしか成長しないので、完成までに2週間はかかるのだそうです。

イラ粉を釜の中で転がしながらこの工程を行うのですが、そのとき釜に触れた箇所の蜜が乾くと少し硬い部分ができます。そこがわずかに出っ張るため、蜜がつきやすく突起となり、イガができるのだとか。このイガが金平糖一粒につき平均24個でき、あのかわいらしい形になるんだそうです。

金平糖作りには決まったレシピはなく、職人がその日の温度や湿度に合わせて釜の温度や材料などを調整しています。また、砂糖はほかの材料を混ぜると結晶化しづらくなる性質があるので、果物やお茶などの風味をつけた金平糖を作るのはさらに難易度が高いのだとか。「コテ入れ10年、蜜掛け10年」ともいわれ、一人前の金平糖職人になるには20年もかかるとされているそうですよ。

金平糖を食べてみよう!

今回は、金平糖の特徴や歴史、作り方について解説しました。何気なく口にしていた金平糖が、実はとっても大変な工程を経て作られていることがわかりましたね。今や金平糖を製造するメーカーは少なく、専門店にいたっては日本で1軒しかないそうです。金平糖を見かけたら、ぜひそんな歴史や背景を感じながら味わってみてくださいね。

人気のカテゴリ